プレカット誕生の背景 〜なぜプレカットは生まれたのか?〜

プレカット

木造建築において「命」ともいえる存在が大工さんです。しかし、その大工さんの数は1980年を境に減少の一途をたどっています。大工の就業者数は、1980年のピーク時(約93.7万人)から、2020年には約29.8万人と、40年で3分の1にまで減少しました。

この背景には、社会構造全体の複雑な変化があります。

  • 住宅需要そのものの縮小:少子高齢化と人口減少により、新設住宅着工戸数は長期的な減少傾向にあります。2023年の約81.9万戸から2025年には約71.1万戸へ縮小。平均世帯人員数も1986年の3.22人から2023年には2.23人まで減少し、一戸建ての需要自体が変化しています。
  • 構造の多様化(マンション化):都市化に伴い鉄骨造やRC造のマンションが増加し、住宅市場全体における木造軸組工法の割合が相対的に下がりました。
  • ハウスメーカー・プレハブ工法の台頭:1960年代以降、工場で規格化されたパネルを現場で組み立てるプレハブ住宅が広まりました。
  • 徒弟制度の弱体化:進学率の上昇に伴い、「若くして弟子入りし、職人を目指す」という従来のキャリアパス自体が減少しました。

職人不足を見越して生まれた「先手」の技術

プレカット

こうした職人不足の流れは、実は1970年代の時点で現場の技術者たちには見えていました。そこで「将来の課題」に対処するために生まれたのがプレカットです。

プレカットの原型は1970年頃に登場します。ホゾ穴を掘る「角ノミ機」の刃物を改良し、蟻(あり)や鎌(かま)といった仕口の形状に対応させたのが始まりでした。1973年には、これらの機械を並べてライン化した最初の「プレカット工場」が誕生します。

当時、開発に携わった技術者はインタビューでこう語っています。

「当時は大工が墨付けをして、のみやかんなで手刻みで加工していた。大工の徒弟制がわずかに残るなか、若い大工はすでに少なくなっていました。人手不足はまだ深刻ではありませんでしたが、将来の大工不足は明らかだったのです。手刻みだけでは間に合わないだろうと、代替手段として出てきたのがプレカット技術だと思います」

つまりプレカットは、大工が減った「結果」として作られたのではなく、将来の職人不足を見越し、あらかじめ手を打つために生まれた技術だったのです。

しかし、登場当初は「大工の仕事を奪うもの」として現場から強い反発を受けました。今では当たり前のプレカットも、最初は歓迎されざる新参者だったのです。

CAD/CAMの登場と普及の歴史

普及の大きな転機となったのは、1980年代のコンピュータ技術(CAD/CAM)との融合でした。

  • 1980年:大工就業者数がピーク(約93.7万人)。プレカットの普及率はまだ低く、現場の反発も強かった時期。
  • 1982年頃:CAD/CAMを活用したプレカットラインが開発され、自動化・高精度化が飛躍的に進む。
  • 1985年:全国木造住宅機械プレカット協会が設立され、業界として本格化。
  • 1993年:全国のプレカット工場は約640工場、CAD/CAMラインは360本へ拡大。

現代の家づくりとプレカットの役割

プレカット

現在、日本の木造軸組住宅における継手・仕口の加工は、プレカットが圧倒的主流となっています。

かつて手刻みで20日かかっていた作業が、プレカットなら約2時間で完了します。大幅な工期短縮とコスト削減だけでなく、木くずなどの産業廃棄物削減や、品質の均一化・耐震性の安定にも大きく貢献しています。

技術の進化と、社会の変化。プレカットの歴史を振り返ると、課題に対して先回りして技術をアップデートしていく重要性がよく分かります。私たちも時代に応じた最適な技術を取り入れながら、確かな品質の家づくりを続けていきます。

※この記事は各種業界資料・統計データ(国勢調査、国土交通省資料等)および日経クロステックの取材記事をもとに執筆しています。